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市場は今後どこへ向かうのか

市場は今後どこへ向かうのか
(著作権:農研機構)

市場は今後どこへ向かうのか

――米国発の景気減速が世界に広がり、原油などの資源高が絡んで日本経済の停滞は長引くとの予測があります。日本の景気動向のカギを握る米国はいったいどこへ向かっているのか、どう見れば問題点がわかりやすいのか、大統領選挙の動きと併せてお話下さい。まず世界を金融不安に陥れているサブプライム(信用力の低い個人向け)ローン問題について。
「世界経済の転換はこの問題から始まった。米国では04年6月から金利が引き上げられてきて、住宅バブルがはじけ、住宅価格が大幅に下落した。またサブプライムローンを借りている低所得者層の返済が滞り、住宅差し押さえが急増した」
「貸し手の金融機関で巨額損失が続出し、銀行破たんも出た。クレジット・クランチ(信用逼迫)が起こり、銀行は貸し渋りを強め、それによる実体経済の悪化が不良債権を増大させるという悪循環が生まれている。また住宅金融の中核であるファニーメイとフレディマックという2つの政府支援企業の危機も表面化した」
――米国政府はすぐに手を打っていますが…。
「住宅金融支援法案が昨年7月に成立した。内容は借り手の低利借り換えを政府が保証して差し押さえを防ぐ対策が1つ。2つ目は必要となれば政府支援企業に公的資金を注入し支援するという対策だ。しかし、この新法によって住宅問題が解決するとは考えられない。住宅価格の下落に歯止めがかからない状況が続いている。第2四半期の住宅価格は15.4%下落している」
「米国の住宅ローンは信用力により3分類される。1つはプライムローンといい、信用力のある優良先ローンだ。2つ目はアルトAローン、3番目がサブプライムローンだ。中間のアルトAというのは、サブプライム先よりも収入は多いが、所得証明書などきちんとした公式書類をそろえられない融資先だ」
「今までサブプライムローンだけが注目されてきたが、アルトAローンやプライムローン返済の焦げ付きも広がり始めた。アルトA問題が次の難題になってくるだろう。さらに商業用不動産でも問題が出始めている」

――米国経済は辛うじてプラス成長を維持していますが、問題は深刻ですね。
「米国の住宅ローンは変動金利だから金利上昇はまず1番弱い低所得者層を直撃し、差し押さえ・競売で家を失う家族が増えた。それが少し上の所得層にも及んできたわけだ」
「もう1つホーム・エクイティ・ローンの延滞率上昇という問題がある。これは住宅の時価からローン残高を差し引いたエクイティ(純資産)を担保にしたローンだ。住宅価格が上がれば担保価値も上がるから住宅ブームの中でローンは急膨張した。消費者はこれを利用して例えば増改築とか自動車を買ったりして全体の好況を支えてきた」
「ところがバブルがはじけて住宅価格が下落し、含み益も減少、時には含み損となった。金融機関はローン融資を絞り込んだ。利用者は借り換えができなくなったりして延滞が増え、個人消費も冷え込んだ」
――原油高についてはどうですか。不安定な値動きを繰り返しています。
「米国は借金で買い物をするというクレジットカード社会だが、ガソリン高などで家計が苦しくなって支払い能力が落ち、クレジット返済の延滞率も上昇している。米国は自動車がなければ生きていけない車社会だからガソリン高が家計にのしかかる重圧は大きい」 「ガソリンの需要期は、旅行に出かける夏と、家屋を集中暖房する冬だが、今夏はガソリン高に音をあげて遠出をする人が減り、消費全体を冷やしている。この夏、高速道路の利用率が低下している。米国の石油依存度はここ20年ほど低下しているが、しかし原油高が続く限り消費が持ち直す条件はない。所得の増加もなく、原油高で可処分所得も減っている」
「また燃費を食う大型車が売れなくて、例えば自動車産業の拠点デトロイトなどの地域では1月から雇用者数が減るという問題が起きている。こうした不況地域に住宅ローンの焦げ付きが集中している」

――サブプライムローン問題を含めた景気減速への対策としてブッシュ政権は住宅金融支援法の後も手だてを講じています。
「今年5月には戻し税という形で減税を実施した。これで消費がわずかに刺激され、1%前後の成長を確保して景気の底割れが避けられたのではないかと考えられる。しかし思ったほどには効果が上がらなかったというところだろう」
「ハーバード大学のマーチン・フェルドシュタイン教授など多くの経済学者が、減税部分はほとんどが貯蓄に回り、消費に回った額はごくわずかだったと言っている」
「消費者の行動はシカゴ学派で新自由主義のフリードマン(ノーベル賞受賞の経済学者)が立てた「恒常所得仮説」に照らし実に合理的だ。この仮説は、個人消費は恒常的な所得をベースにして決まり、一過的な所得は消費に向かわないというものだ」
「経済理論からいって戻し税に景気の上昇効果とか消費拡大を求めるのはムリなようだ。今回はそういう結果に終わった。ただ民主党大統領候補のバラク・オバマ議員は景気刺激のためにもういちど戻し税を行うべきだと主張している」 市場は今後どこへ向かうのか
「とにかく米国のGDPに占める個人消費の割合は70%を超えている。ここが回復しない限り米国経済が成長軌道に乗るのはきわめて難しい」
「ただドル安の追い風を受けた輸出の好調がプラス面だが、最大のマイナス面は史上最高の財政赤字になってきたことだ。景気減速で税収は伸びないのに減税をやり、一方では軍事費が増大している。長期的な最大の課題は財政赤字だ」
――日本にとっては懸念されることばかりです。
「米国経済の悪化で対米輸出の比重が大きい中国や東南アジア諸国も悪くなるだろう。日本は米国に加えアジア諸国へも輸出しているからダブルパンチの形で影響を受ける」
「中国経済は北京五輪後に落ち込むという悲観論がある一方、高成長を維持するという強気論もある。いずれにしても今後、中国経済の成長は鈍化するのは避けられない。昨年は11%以上の成長を実現したが、今年は9%まで鈍化するだろう」
「日本の経済力に対する国際的評価の低下からくる円安は輸出企業には有利だが、原油高と円安によるインフレが進行して深刻な形になってくるのではないかという懸念もある」

――デトロイトの話が出ましたが、米国経済を産業別に見るとどうですか。
「自動車産業全体が衰退している。大型車で収益を出していたGMなどは原油高の直撃を受けている。巨額の損失を出し、合理化でなんとか生き延びているのが実情だ」
「自動車と並ぶのが住宅産業だ。住宅着工は家電や家具などの需要を生み、波及効果が大きいが、これも先述の通りの状況だ。あとハイテク分野があるが、これは雇用効果が小さい」
――米国は金融分野でも非常に強力ですが。
「しかしサブプライム問題で余裕がなくなり、各金融機関は自己資本をいかに増やすかで精一杯だ。金融業界では大量のレイオフが進行中だ。かつてのような勢いは、今の金融界には見られない。金融の分野で日本と米国の立場が逆転してきている」 市場は今後どこへ向かうのか
――元気なのは軍需産業くらいですか。
「軍事費予算が増えているから、そうともいえる」
――次に米国大統領選挙ですが、どこに焦点を合わせれば米国の姿がはっきり見えるのでしょうか。
「イラク問題は撤兵のタイミングだけの問題になったが、経済・税制・福祉政策では民主党のバラク・オバマ上院議員と共和党のジョン・マケイン上院議員の間にかなりの差がある」
「オバマ氏は中産階級に減税するという。財源は金持ち、法人に対する増税と、イラク撤兵による軍事費削減だ。予期せぬ利益を挙げている石油会社などは増税となる。さらに薬価引き下げと国民皆保険など医療制度の改革や、年金制度の整備を掲げている」
「マケイン氏は反対に法人には減税したうえ保険料の企業半額負担をやめ、すべてを民営化する方向だ」
――共和党の政策は小泉改革と似ています。
「小泉改革は80年代の米国の保守主義政策の焼き直しで新鮮さがなかった。しかし日本に与えた影響は大きかった。これに対し福田康夫政権は軌道修正を迫られている。しかし明確なビジョンを持っているようには思われない」

――これまでとは違った今度の大統領選の特徴は?
「共和党にとってこれほど逆風の強い選挙はない。とくにブッシュ政権の外交政策に対する不信が強い。米国の国際的な威信に傷がついており、〈米国は世界で嫌われている〉という認識が米国民の間で非常に強くなっている。世論調査では、民主党支持が39%、共和党支持が31%、その他が29%となっている。従来は民主党支持と共和党支持が拮抗していたが、米国の世論は明らかに共和党から離れている。議会選挙では民主党が圧勝するだろう。それをベースに大統領選が行われる」
「今回の大統領選挙は、米国の保守主義が衰退していくのか、リベラルが復興するのかの分水嶺になるかもしれない。オバマ氏は民主党内でも最もリベラルな人だ。当選すれば市場介入や景気刺激、大企業に対する規制とか福祉的な政策の重視とか民主党の伝統的な政策が帰ってくるだろう」
――オバマ当選ならかなりの“チェンジ”です。
「しかし米国社会が本質的にチェンジの方向に動いているのかというと必ずしもそうではない。ブッシュ政権からのチェンジであって、それ以上のものではないかもしれない。たとえば中絶問題は、今回の大統領選挙の主要なテーマのひとつである。社会問題に対する米国民の姿勢は保守的だ」
「これまで共和党政権は自由競争、市場主義、規制緩和といったネオリベラル(新自由主義)の経済政策をメインにしてきた。これは保守主義の影響だ。だが、その保守主義に代わる民主党本来のリベラリズムはまだ思想的な再構築ができていない。これでは保守の理念に対抗できない。オバマ議員もリベラルな政策から中道へシフトしている」

「ロナルド・レーガン元大統領と並ぶ保守主義の巨頭バーリー・ゴールドウォーター元上院議員には『ある保守主義者の良心』という著作があり、保守主義政策の基本になっている」
「これに対し最近、プリンストン大学のポール・クルーグマン教授が『あるリベラリストの良心』(邦題は『格差はつくられて』)という著作を出し、保守に対抗するリベラルの立場を打ち出しているが、国民的な政策課題の方向性をつくるほどのメッセージはない。仮にオバマ議員が大統領になってもかつてのリベラル派の政策を取るのは難しいだろう」
――新自由主義の経済政策は日本にも持ち込まれました。これについて最後に一言お願いします。
「無批判に米国のイデオロギーであるネオリベラリズムを受け入れてしまった。社会的基盤のないところに単純な市場主義や競争主義を持ち込んだため、日本社会の基本的な枠組みが崩れ始めた。農産物市場も含めて日本の市場は大きい。これを育てていくのは国民の購買力だ。ところが財界は国際競争力の強化を唱えて労働力コスト切り下げを至上命題とする」
「これでは購買力が落ち込む一方だ。せっかくの市場も空洞化する。企業は史上最高の利益を上げている。経営者は国際競争に脅え、労働分配率を高めることを拒否し、非正規社員への依存を高めた。その結果、労働者の質の低下と生産性向上が進まなくなった。日本企業の質の劣化は明白だ。輸出市場ではなく、国内市場を拡大させることが正しい経営だと思う。政府もそれを支援する政策を打ち出すべきだ」

市場は今後どこへ向かうのか

「景気後退の事前サイン」が2つ点灯した時のリターン
上グラフ①景気後退に進んだ局面:2000年8月の翌月から1年間投資した場合のリターン
トータルリターン(利息・配当を含む)、日本株式以外は米ドル・ベース

上グラフ②景気後退に進まなかった局面:1998年6月の翌月から1年間投資した場合のリターン
トータルリターン(利息・配当を含む)、日本株式以外は米ドル・ベース

出所:Guide to the Markets | Japan 市場は今後どこへ向かうのか | 4Q 2019 (J.P.モルガン・アセット・マネジメント) (上グラフ)データは2019年10月1日時点で取得可能な最新のものを掲載
(中・下グラフ)上記は、過去の局面を例示したものであり、今回の「景気後退の事前サイン」がこのどちらのケースにもあたらない可能性があることにご留意ください。使用した指数は次のとおり;「日本株式」:TOPIX、「米国株式」:S&P 500 Index、「新興国株式」:MSCI 市場は今後どこへ向かうのか Emerging Markets Index、「米国高配当株式」:S&P 500 High Dividend Index、「米国リート」:FTSE NAREIT All Equity REITs Index、「米国ハイ・イールド債券」:ICE BofAML US High Yield Index、「米国投資適格社債」:ICE BofAML US Corporate Index、「米国国債」:ICE BofAML US Treasury Index、「新興国国債(米ドル)」:ICE BofAML US Emerging Markets External Sovereign Index。データは2019年9月30日時点で取得可能な最新のものを掲載。インデックスには直接投資できません。過去のパフォーマンスは将来の成果を示唆・保証するものではありません。本サイトのデータ・分析等は過去の実績や将来の予測、作成時点における当社および当社グループの判断を示したものであり、将来の投資成果および市場環境の変動等を示唆・保証するものではありません。

介護保険と非営利はどこへ向かうか

介護保険施行から 18 年、介護保険の現状は知れば知るほど分からなくなる。発足当初はもっと目指すところがはっきりしていた。「介護の社会化」だ。超高齢社会における介護リスクを「社会保険」という社会連帯の仕組みでカバーする。従来の福祉の限界であった措置制度から社会保険による契約という利用者本位へと転換する。そして医療化でなく住み慣れた地域での生活支援、自宅が困難なら自宅のような在宅をめざす地域福祉へ。どれもこれも新鮮で正しい方向に思えた。みんながこれだ、と思ったに違いない。だからこそ住民参加型として在宅福祉サービス活動をしてきたボランティア団体や NPO 法人などは、こぞって介護保険の指定居宅サービス事業者になっていった。介護保険は超高齢社会の問題解決の観点からも市民福祉の観点からも期待の星だったはずだ。

それが予想を上回る利用の急増とともに、厚労省の関心の中心は財政的な観点からの「制度の持続可能性」へと 切り替わってきた。すると介護保険はどこへ向かうのか、行く先が蜃気楼のようにぼやけてきた。法改正のたびに制度は複雑になり、普通の人には理解が困難とまで言われるようになった。著者の小竹雅子は介護保険の発足前から、介護保険をウォッチしてきた市民福祉の人。この制度の全貌を分かりやすく紹介し、もういちどどこへ向かうのか市民の側から問題提起しようとしている。本書の構成は次のようだ。まず介護保険の背景を示し、介護保険を使う人たち、そして介護現場で働く人たちを紹介したあと、介護保険の仕組み、介護保険の使い方、介護保険にかかるおカネ、という制度の利用法についての紹介となる。ここまでは、類書とさほど大きな違いはない。しかしそのあと「なぜ、サービスは使いづらいのか」と「介護保険を問い直す」という最後におかれた 2 章は、押さえた筆致ながら、長年見続けてきた介護保険制度の問題や課題について的確に指摘しており、本書のハイライトといえる。

この本の特徴は、近年出版された『介護保険制度史』(2016)や大森彌『老いを拓く社会システム―介護保険の歩 みと自治行政』(2018)、それに大熊由紀子『物語介護保険』(市場は今後どこへ向かうのか 2010)などと比較するとより明らかになる。これら 3 冊は、介護保険を作った当事者たちによる波瀾万丈のサクセス・ストーリー、いかに困難な状況の中から奇跡的に介護保険制度が成立したかを、政治、行政、議会、労組や業界団体、市民団体等のキーパーソンの動きを中心に明らかにしている。これらを読むと、介護保険制度は、なんと素晴らしいものか(ものだったか)と思わされる。困難な状況の中から、ビジョンを掲げた人たちが現れ、それを厚生労働省を中心とした有能な人たちが地道に支えて、最後には政治党派を超えた協力体制で法律が成立した、という制度づくりのヒーローたちのサクセス・ストーリーなのだ。じっさいにそうだったのかもしれない。20 世紀の最後の 20 年くらいは、バブルははじけたものの、超高齢社会という新たな社会変動へ向けて積極的な取り組みが可能だった幸せな時代だったのだろう。今日から見ると『物語介護保険』や『介護保険制度史』の当時は、夢と理想の時代だったのだ。現在とは隔世の感がある。

介護保険は、なぜ使いづらいのか

本書の白眉である 6 章「なぜ、サービスは使いづらいのか」と 7 章「介護保険を問い直す」を中心にそれを紹介しよう。6 章では、介護保険サービスが使いづらい理由として、最初に、制度を改正していく仕組みの中に問題があることが指摘されている。改正の方向をきめていく審議会の仕組みと実施との間にも大きなずれやタイムラグがある。そしてこの制度改正の仕組みの中に、利用者の声を代表・代弁する仕組みがない(あるいは弱い)ことと、政治とコーポラティズム(業界団体)の主導による大枠の決定、そして細部はすべて厚労省が決定していくという、上からの制度改正のあり方に問題があることが示唆されている。たとえば社会保障審議会などで「厚労省が委員を選ぶ基準を説明したことはありません」「介護保険部会、介護給付費分科会ともに女性の割合は 1 割にとどまります」と指摘している。問題の 2 つめはケアプランのあり方である。「ケアプランはケアマネージャーがつくるもの」という現在浸透している常識が、利用者本位という当初のビジョンと真逆であること、要支援の人はケアマネージャーを選べないという矛盾(軽度の人ほど自力や主体性が発揮できるはずなのに)、介護予防をめぐる右往左往の結果、予防や「自立」という概念が導入されて利用者本位からさらに逸脱していく過程などが描かれている(介護が必要という現状と、自立を求めるという政策的誘導との矛盾)。「地域包括ケアシステム」にしても、地域ケア会議なども「ケアプランをつくる主役であるはずの認定を受けた本人や、家族など介護をする人が、地域ケア会議のメンバーにラインナップされていない」。結果として、利用者ではなく供給サイド主導で、効率的で「包括的」な制度にされていくのではないか。ケアマネージャーの独立性や専門性にも問題がありそうだ。問題の 3 つめが「ホームヘルプ・サービスの受難」。受難とはうまい表現だ。じつは介護保険発足時に、もっとも利用されたのがホームヘルプ・サービス(訪問介護)だったのだが、現状では福祉用具レンタルとデイサービスについで 3 番目になっている。自然とそうなったわけではなく、利用抑制の標的になったからだ。しかも確たる根拠なく、というのが「受難」に込められた意味だろう。もうすこし詳しく見てみよう。

ホームヘルプの「受難」

そもそも介護保険がなぜ広範な支持を集めて発足したかと言えば、「福祉」対象者以外にも要介護リスクが幅広く存在しており、家族や近隣では支えきれなくなってきたからだ。要介護リスクは、ごく普通の高齢者にも発生するので、低所得者などに限定された福祉システムではカバーしきれない、ゆえに、1980 年代から様々なボランティア団体などが住民参加型在宅福祉サービス活動を行ってきたのだ。家事援助、生活援助、ホームヘルプ、「ふれあい・たすけあい活動」など様々な呼び方があるこれらこそ、福祉対象でない普通の市民にとって、介護保険へとつながる重要な入り口だったのだ。ボランティア団体から NPO 法人になった団体が、介護保険事業者となったのも、多くはこの訪問介護事業だった。しかし早くから「家事援助は、介護保険にそぐわない」という意見と「家事・生活援助がないと、高齢者は施設に入所せざるをえない」という意見との対立があった。重度化したらカバーするという論理と、軽度のうちから支援するという論理との違いだ。どちらにも理があるのだが、介護保険財政が逼迫してくると、保険範囲を限定し、家事援助や生活援助、要支援などを介護保険からはずしていく流れに切り替わった。これはかなり根本的な変更だ。介護保険の重要な目的のひとつを自己否定することでもあるからだ。この流れに従っていくと、介護保険は重度化した人の施設入所へと集約されていくことになるだろう。それは介護保険の当初の目的とは大きくずれている。

しかもその特養等の施設も大きな矛盾を抱えている。それは総量規制で特養等は増やせない(増やさない)からだ。そこで施設入所にあたっては要介護度 3 以上が原則になったり、廃止されることになっていた介護療養病床を継続することになったりと、方針がふらつく。こうなると医療と介護とをわざわざ分離して介護保険という仕組みをつくってきたのはなぜなのか、根本的なところが不分明になる。

「施設でない施設」

介護保険の根本問題─介護報酬の決め方

問題の第 1 が、介護報酬の決め方だ。これが制度を複雑怪奇なものにさせ、事業者を混乱させ、介護職の離職を増大させ、制度の行く先を五里霧中にさせている。介護報酬の決め方(決まり方)は、矛盾とパラドクスにとんでいる。誰がどのような理由でどう決めているのか。そもそも、それはどのような「報酬」なのか。そう考えるとここには医療保険との強い類似性が働いていることがわかる。医療も介護も、厚労省が詳細な利用と経営のデータを「ビ ッグデータ」として集約しており、それを解析して報酬の増減を決めているらしい。本書の「介護報酬の推移」という表を見ると、サービス内容や提供時間を、事業者ごとに、厳密に把握して、その総量の推移をシミュレーションしながら総額のコントロールと、個別のサービスの報酬額を決めているらしいことが分かる。まさにこれはコンピュ ータを末端の事業所まで浸透させたうえで、日々刻々「ビッグデータ」を吸い上げ、個々のサービス種目の単価や流通量を監視して、総額が急増急減しないよう監視している「ビッグブラザー」のようなシステムが働いていることを示している。そして 3 年に 1 度の介護報酬改定の際には、多変量解析のような高度な分析手法を駆使して、多様なファクターを動かしながら個々のサービスの報酬単価を、加算・減算を繰り返しながら調整し、全体としての介護報酬総額の増減を決定しているようだ。いわば巨大な中央集権システム、もはや古語となったかに思われていた「管理社会」が、介護保険などの「社会保険」の世界にはどっこい生きていた。中央以外の裾野(要支援などの「地域包括ケアシステム」部分)では、保険者たる地方自治体に任せる分散処理的なところもあるが、骨格は「ビッグデ ータ」を随時把握しながら管理運営される巨大システムなのだ。なるほど、これでは、個々の事業者や利用者や一般市民などが、介護報酬に関してあれこれ口を夾めるようなものではない。しかしこれは小竹の考える「市民福祉」のあり方の対極の姿だろう。介護の社会化を標榜し、政府や厚労省が努力を傾けたら、市民福祉の対極にあるものができあがってしまったという逆説。全体を把握するのは中央のシステムだけで、個々の事業者や利用者は個別のエピソード的な存在にすぎない。システム全体は大きすぎて少しの改定にも数年かかるようなしろものである。

介護の「家族、地域、医療」化?

介護保険における営利と非営利の混合

たとえば「在宅サービス」だ。それは住民参加型在宅福祉として、市民が、ボランティアや NPO として開拓し、会員制の「有償・有料」方式など多様な工夫をもって運営されてきたものだ。それが介護保険に吸収されたことによ って、非営利の人たちが培ってきたサービスと介護保険サービスとが混合されることになった。介護保険における訪問介護サービスである。しかも介護保険導入当初は、このサービスこそが、介護保険でもっとも人気のある、需要の大きいサービスでもあった。しかし本書でも指摘されているように、人気があり需要が大きいサービスゆえに、しだいに利用が抑制され、単価も切り下げられ、やがて要介護以外の要支援のサービスは介護保険本体から切り離されようとしている。在宅サービスは「成功なのに失敗」いや「成功だから失敗」という逆説状況になっているのだ。本書でいうホームヘルプの受難である。

本書では明言されていないが、この原因のひとつは、介護保険がその当初から営利と非営利とを区別しない制度設計だったからではないか。初期の制度設計にあたった厚労省のシステム研究会などでは「保険あってサービスなし」が最大の懸案事項だったそうである。基本構想の段階から、サービス体制の未整備の問題が、医療関係者から大きく取り上げられていた。医療関係の委員によれば、1961 年の国民皆保険の導入にさいして「保険あって医療なし」という懸念が払拭され医療分野のサービス体制が整備されたのは、措置制度をはずし社会保険のもとで医療供給量の整備に非常に努力をしてきたからである、というのだ。この歴史的評価は非営利研究の観点からは再検討が必要だろう。これをきっかけとして営利と非営利の混合がはじまったとも考えられるからだ。この混合は、介護保険の導入にあたっても繰り返された。結果的に、営利と非営利の混淆のような供給体制が主流になっていった(介護保険制度史研究会編、2016 などにこの初期の議論が紹介されている)。

ところで、ノーベル経済学賞を受賞するまでになった「行動経済学」によれば、営利と非営利をまぜると、市場は道徳を閉め出す、ということが、近年広く知られるようになった。これをホームヘルプ・サービスに当てはめれば、ボランティアや NPO 法人が運営していたホームヘルプ・サービスは、介護保険という(官製の)市場に包含された段階で、様々な困難に直面したはずだ。また、営利と非営利の違いを、制度の内側で提供されるサービスにおいては打ち出すことが困難だった。制度の中では違ってはいけないのだ。これらのことは、非営利の事業者にとっては、存在意義を根本から揺さぶられることだったはずだ(こうした困難な状況の中から一部の NPO 法人などでは、非営利の事業者でありながら、事業高を大きく伸ばしていく団体も数多く現れたが、それはまた別の話だ)。制度設計の段階で、営利と非営利の混合がうみだす問題は、立案者たちに深く認識されていた痕跡はない。とくに住民参加型在宅福祉サービス活動などの経験ある人たちの声は聴かれてもいなかったのではないか。制度設計の段階では NPO法も成立していなかった。ゆえに介護保険にとって医療と医療法人がひとつのモデルと見なされることになったのだろう。その傾向はいま再び強まりつつあることも紹介されている。

さて、介護保険がはじまったあとしばらくすると「保険あってサービスなし」や「サービス事業者の不足」といった懸念は払拭された。するとこんどは介護保険の総量規制の観点から、訪問介護の単価を切り下げ、さらには訪問介護から生活支援を切り離していくというプロセスが進行することになる。では、ふたたび切り離された生活支援は、ボランティアや NPO 法人に戻ってくるのか? そうはならないのだ。これこそが行動経済学の教える恐ろしい教訓だ。いちど変質してしまった価値規範は、元には戻らない。ボランティアによる家事援助や生活支援が、いちど「介護保険」という市場(疑似市場であれ)に包含されてしまうと、それを使う人々の意識や価値観は「ボランテ ィア活動」のほうには戻らないのだ。介護保険が発足した当時は、介護保険だけでは在宅生活を維持できないから、かならずボランティア団体や NPO 法人の提供する介護保険制度の「枠外サービス」(介護保険ではカバーされない在宅ニーズに応える有償・有料のサービス)が増大すると予測されていた(生活を支える両輪の理論)。しかしそうはならなかった。介護保険が発足すると、制度の「枠内」でやりくりしようとする傾向が強まり、わざわざ有償・有料の「枠外」サービスまで利用しようとする人たちは減少したのだ。これまた行動経済学の知見から説明できる。いちど制度の中で商品価格が設定されたものは、価値規範が変質し、もはやボランティア活動とは見なされなくなるからだ。要支援者は、介護保険改正をへて現在、再び市町村や市民セクターに投げ返されている(市町村の総合事業)。しかし規範はすでに変質してしまっており、単純にはボランティア活動には戻らない。これは「意図せざる結果」であるとしても、ボランティア団体や NPO 法人にとっては、大きな打撃だ。これをどう乗り越えるか。

介護保険における非営利の再構築

そこで「現金給付」の話にもどる。いちど介護保険に吸収された在宅サービスが「市民福祉」として復活・再生するには、現物給付からではなく、現金給付からではないか、と小竹は控えめながら示唆している。どういうことか。現物給付は上からの押しつけになりやすい、とりわけ利用の抑制や縮小、制限の過程では。現金給付のほうが逆説的ながら主体性や当事者性を発揮できる余地が大きい。この指摘を拡大して考えてみたい。つまり、ボランティア団体や NPO 市場は今後どこへ向かうのか 法人が提供する「枠外サービス」を、市民が主体的に購入するという方向性のほうに、介護の社会化や市民福祉としての可能性があるのではないか、と。そちらにこそ、これまでの 18 年間の介護保険がたどってきた径とは違う可能性がある。おそらく小竹は、障害者福祉の自立生活運動などの中で、現物給付という上からの押しつけでない、当事者の主体的・能動的なサービスの利用・活用があること、それこそが、介護保険とは違う径を切り開いてきたという歴史を念頭において、介護保険における「現金給付」の再評価を求めているのではないか。それこそが介護保険における当事者主権につながるものだと。これは 市場は今後どこへ向かうのか NPO などの非営利法人の行方にも重要な示唆を与える。

現物給付のシステムの中では、今後も利用抑制が進むだろうから、ボランティア団体や NPO 法人の存在は、ますます小さくなっていくだろう。そうした状況のなかで、介護保険が、本当に市民福祉になっていくためにはどうしたら良いか。利用者主権や当事者主権がもっと回復される必要があろう。当事者主権にかんして、介護保険は障害者福祉の歴史に学ぶべきことがある。それが小竹の主張だ。そこから、ボランティア団体や NPO 法人の提供する「枠外サービス」の再生の可能性がふたたび生じる。もちろん、行動経済学が指摘するように、一度変質してしまったホームヘルプ・サービスの意味をどう再構築するかは大きな課題だ。介護保険以前のような「ふれあい・たすけあい活動」に戻れるかどうか、難しいところだ。おなじくこれまでの枠内サービスと枠外サービスの区別なども抜本的に見直す必要があるかもしれない。NPO 法人も介護保険事業者としてだけでなく、介護保険の外で自主的・主体的に行政と協働する団体に変身する必要があろう。しかも介護保険においても、もし現金給付がはじまった場合に、ほかの事業者とどう違ったサービスを提供する団体になるのか、あらためて位置づけなおされる必要もあるだろう。そうなると制度との関わりの大きな変換になる。しかし、営利と非営利とを混合した結果、ボランティア団体や NPO法人のもつ規範的価値が変質してしまった現状を、打開するきっかけになるのではないか。小竹の「現金給付の再検討」は本書の中のわずか 1 ページ半ほどの、短い小さな提案だ。しかしそこに大きな意味を見いだすことが可能なのではないか。

参照文献
小竹雅子 『総介護社会─介護保険から問い直す』 (2018、岩波新書)
介護保険制度史研究会編著 『介護保険制度史』 (2016、社会保険研究所)
大森彌 『老いを拓く社会システム―介護保険の歩みと自治行政』 (2018、第一法規出版)
大熊由紀子 『物語介護保険(上下)』 (2010、岩波書店)

安立 清史 ( アダチ キヨシ )
九州大学 大学院人間環境学研究院 教授 ( 福祉社会学 ・ボランティア・NPO 研究 )
日本社会学会・理事 ( 社会学評論編集委員 )
福岡ユネスコ協会・理事

アームズ株式会社

2022年もAnimal Health Innovation Asiaでコンサルティングパートナーを務めることになりました

2018年香港、2019年東京、2020年/2021年WEB開催であった英国Kisaco Research社主催のAnimal Health Innovation Asiaが今年は10月18−19日にタイ・バンコクで開催されます。
https://animalhealthasia.com/events/animal-health-innovation-asia

遺伝子組換えカイコ由来のバイオ医薬品またはワクチンの共同開発・共同研究についてアンケートを実施しました

(著作権:農研機構)

第二種動物用医薬品製造販売業許可を取得しました

    市場は今後どこへ向かうのか
  • 動物用医薬品製造業許可
  • 第一種動物用医薬品製造販売業許可
  • 第二種動物用医薬品製造販売業許可 追加取得
  • 動物用医療機器製造業登録
  • 第二種動物用医療機器製造販売業許可
  • 動物用体外診断用医薬品製造業登録
  • 動物用体外診断用医薬品製造販売業許可
  • 動物用医薬品卸売販売業許可
  • 動物用医薬品店舗販売業許可

2021年(令和3年)10月22日(金)第54回動薬ゼミナールで講演します

Animal Health Innovation Asia 2021で講演します

今年もバーチャルですが、英国Kisaco Research社が主催で 10月19−20日にAnimal Health Innovation Asia 2021が開催されます。弊社は3年連続でConsulting Partnerとしてプログラム策定に協力しております。

Animal Health Innovation Asia 2021

豚用の針なし注射器「イプラデルミック」が動物用医薬品等データベースに掲載されました。

企業紹介用ビデオを作製しました

Animal Health Innovation Asia 2020のConsulting Partnerに就任

2020年11月24−26日にオンラインで開催予定のAnimal Health Innovation Asia 2020で、昨年に引き続きConsulting Partnerとしての就任を依頼され受託致しました。

Animal Health Industry Response to COVID-19 and Rise of Telemedicine の発刊に協力しました(ダウンロード可能です)

英国Kisaco Research社が取材し、全世界の動物薬企業向けに発行した「Animal Health Industry Response to COVID-19 and Rise of Telemedicine(動物薬産業:新型コロナへの対応と遠隔診療の興隆)」に日本代表として取材を受け発刊に協力しました。(続きを読む)

ウィズ・コロナ時代のねことの暮らし、動物病院との向き合い方

(公社)日本獣医師会雑誌に寄稿

(公社)日本獣医師会の会報「日本獣医師会雑誌」Vol.72 No.10 (2019)に「日本における獣医療と関連産業の現状と未来 ~未来を変える技術~」を弊社アームズ株式会社代表の氏政雄揮が寄稿しました。
全文は以下から読めます。
(続きを読む)

日本獣医師会雑誌第72巻10号(2019年10月)

(公社)日本薬剤師会で講演

日本薬剤師会講演 氏政のPC

Animal Health Innovation Asia 2019でConsulting Partnerを務めました

2019年11月6-7日にホテルウェスティン東京でAnimal Innovation Asia 2019が開催されました。
弊社アームズ株式会社はConsulting Partnerとして本イベントのプログラム策定・日本企業の海外導出・海外企業の日本への紹介など、本イベントに参加される企業のために努めております。(続きを読む)

Animal Health Innovation Asia 2019で講演するアームズ株式会社 氏政雄揮

講演「今後の獣医業界 〜 一次診療と二次診療はどこへ向かうのか 〜」

2019年5月29日、JASMINEどうぶつ循環器病センターで「今後の獣医業界 〜 一次診療と二次診療はどこへ向かうのか 〜」と題した講演を行う光栄な機会を頂戴しました。
(続きを読む)

東京都の平成30年度飼育動物診療施設開設者講習会で講演

2018年12月、アニジョブ「ペット業界の働き方 Vol.5」でインタビューを受けました。

アニコムフロンティア株式会社が運営するanicom jobs(アニジョブ)で「ペット業界の働き方 〜私の場合〜」という企画があり、インタビューを受けました。(続きを読む)

2018年11月16-18日、第39回動物臨床医学会年次大会

北海道小動物獣医師会年次大会2018で講演

ヒルズ・スペシャルイベント「ヒルズ・リボーン」で基調講演を行いました。

日本経済新聞の取材を受け、日本の動物用医薬品業界について解説しました。

2016年11月30日、北京から来日中の7名の中国人獣医師に動物医院管理検討会(動物病院経営セミナー)を開催致しました。

2016年11月18日(金)~20日(日)に大阪国際会議場で開催された第37回動物臨床医学会で4つの経営分科会を実施しました。

日仏獣医学会誌 vol.28 (2016) に掲載されました

2016年6月にフランス国アヌシーで開催された第13回日仏獣医学会で講演した「日本で生まれ、海外で育ち、花開いた動物用医薬品」が日仏獣医学会誌 vol.28 (市場は今後どこへ向かうのか 2016)に総説記事として掲載されました。(続きを読む)

2013年11月13日、株式会社メディサイエンスプラニングとアームズ株式会社は共同で新会社「株式会社ブイエムスリー」を設立しました。

2013年10月25日に株式会社メディサイエンスプラニング(東証JASDAQ上場 市場は今後どこへ向かうのか コード番号:2182 当時)及びアームズ株式会社は、共同事業を行うことについて具体的な検討を開始することに合意し、基本合意書を締結しました。(続きを読む)

ライバルはキティちゃん?!くまモンはどこへ向かうのか

成尾:私たちがやりたいだけではなくて、企業さんの方も面白いと思ってくださりキャッチボールがはずむ中で形になっていくものはいい方向に進みますね。たとえばBMWとコラボしたコンセプトカー「くまモンMINI」もそうでした。くまモンがパディントンベアの招待を受け、イギリスのオックスフォード工場を訪ねるというストーリー性をもたせたPRでメディア露出も大きくなり、お陰でその返礼ということで、国内115カ所あるディーラーさんに熊本の観光ポスターを貼っていただいたり、景品用に県産品を採用していただいたりと、相乗効果の高いキャンペーンになりました。

山本:やっぱりキャラクターを広めていくためには関係者がみんなファンになって、自分も楽しむという感覚も必要ですよね。今日も成尾さんとお話ししていてずっと、本当に楽しんでやられているんだなと感じていますし。

成尾:そう思いますね。くまモン人気でまずやってみようと一緒に進んだ結果、双方が想像した以上の反響があって、じゃあまた次ご一緒にっていう、いい循環ができているんですよね。

熊本県民のブランディングに貢献

成尾:グッズの広がりは非常にうれしい。一方で我々としてはグッズを売ることが主目的ではなく、くまモンには故郷・熊本のPRという目的があるわけで、グッズと共に熊本県が一緒に発信されていけばいいなという考えのもと展開を行っています。

山本:まさに企業・団体のキャラクターが目指すものってそこだと思います。しかもくまモンはみんなまず熊本と切り離して考えないはずで、ちゃんと運用主体とキャラクターがリンクしている。熊本県民の方のブランディングに相当貢献していますよね。

成尾:確かに。一昔前は熊本県民に「出身は?」と聞いても、「九州です」と答えることが多かったように思えます。でもくまモンのおかげで、最近は「熊本出身です」と誇りと自信を持って言えるようになってきたように感じています。いずれは県民の皆さんが海外でも「日本の熊本から来ました」と言える環境づくりを、これからはしていきたい。

ファンが独自にクオリティーコントロール

山本:キャラクターが広がっていく上ではそのクオリティーコントロールも重要になってくると思うのですが、そのあたりはどう考えて取り組まれていますか?

成尾:今くまモンは原則として国内流通しか認めていないんですね。その中でもロイヤリティフリーでやっていると偽物というか、若干、勇み足で商品が出回っているものも結構存在しています。でもそういうのもね、国内ではファンの方がお店やネットを巡回して見つけてきてくれて、事細かに報告してくれたりするんですよ。製造番号がないよとか、こういうチラシがあったよとか。それを元に対応したりできる。ありがたいことです。

山本:巡回員がいるわけですか(笑)、すごい。そうやってファンがクオリティーコントロールまでしてくれるって、なかなか特異なキャラクターですね。

成尾:他方でそういう偽物に対して、ロイヤリティフリーでの運営の中で、県民の皆さんからお預かりしている税金を使って徹底的に駆逐していく意味があるのか、費用対効果も含めて、というのが悩みどころなんです。

山本:特に今後海外に出るとなると問題は対策費用面も含めてさらに大きくなってくる。しかも商標の問題は各国単位だから余計に大変…。

成尾:そうなんです。今できることとして、利用許諾の際の相手方との取り決めを見直して、海外の製造工場等に対するロット管理にも責任を持っていただく等、川上での対処をしていく必要性は感じています。その上で、海外でのキャラクタービジネスのノウハウ、費用負担などを県としてどこまでやっていくのかというのは課題です。

山本:でも国内で流通しているグッズなんかを見ていると、トーン&マナーとかの統一もできているし、比較的コントロールもうまくいっているように感じます。

成尾:そうですね。そもそもくまモンは県が持っている財産として、上意下達で許諾しているわけではないですよね。国内の事業主さんはそれこそくまモンに対して愛情を持って、協力的にやってくださっていると思いますね。

地元・海外の両軸で熊本を世界に発信する

山本:僕自身、企業・団体のキャラクターには中長期戦略が重要だと思っています。なぜなら生活者とのリレーションシップは一朝一夕では構築できないから。くまモンの今後の長期展望についてお聞かせいただけますか?

成尾:実はこれから何をやっていくかと聞かれるのが一番つらいんですよ(笑)。楽しいことだけやっていられれば幸せなんですけど、海外、とくに今後販路になるアジア地域への県産品の売り込みや観光客の誘客、前段で出た商標の問題…と課題も山積していて。あとやっぱり一番大事にしないといけないのは熊本県内なんですよね。たとえば幼稚園とかを地道にまわっていく。陶磁器など県内の伝統的工芸品とのコラボレーションもやっていく。それがうちの本業ですから。

山本:地元と県外・海外、内向きと外向きの両軸での展開ですよね。くまモンのキャラだけが立って熊本県自体のブランド力が上がっていかなかったら意味がないですからね。マンガやアニメのコンテンツキャラクターではないし、あくまでそこの軸はブレないようにと。

成尾:そこは私たちもいつも間違えないようにしなければと思っています。我々はくまモンを売ることが仕事ではない。冷めた言い方になるかもしれないですけど、くまモンは熊本を売るためのフックに過ぎないんです。

山本:僕もよく企業さんに対して「企業キャラクターは、あくまで企業課題のソリューションなんです」というお話をさせていただくんですが、まさに成尾さんたちにそのご理解があってくまモンがちゃんと機能しているんだということがよく分かりました。

キャラ立ちした4年目は「初心に立ち返る」

山本:ご著書『くまモンの秘密』(幻冬舎新書、2013年)の中で、くまモン成功の秘訣として、「ターゲット、TPO、SNS、キャラクターの動き、トップの理解と支援」の5つを挙げられていて、出版から半年ほど経ってまた少しキャラクターが成長したかとも思いますが、今あらためて重要だと思われること、また、新しく付け加えたい要素はありますか?

成尾:やっぱり、継続していく中でトップの支援というのは大きな力になっていると思います。蒲島郁夫知事がきちんとバックアップしてくれているからこそ、くまモンも成長することができている。そして最近あらためて意識している要素が「サプライズ」です。成功だ成功だと皆さん言われますが、実は私自身はまだ成功だと思っていなくて。今くまモンは「熊本県営業部長」という肩書では成功していますが、経済効果ばかりが表に出て、実は当初目的の「サプライズ」がトーンダウンしてしまっているんです。

山本:確か「くまもとサプライズ」は、県民が身の回りのサプライズを再発見して県外へ発信しよう!という、インナー(県内)モチベーションアップの側面も持ったキャンペーンですよね。

成尾:まさに、熊本県民の精神運動というのがベースにありながら、それがまだまだ浸透していない。くまモン自身は行動原理としてサプライズを貫いていると思います。私たちも意識しながら次の展開を考えるようにしています。ただ、「くまもとサプライズ」が県民のみなさんに根ざしているかと問われれば…。くまモンが来れば人が集まるだろうという「くまモン頼み」の現状を、いかに県民自身がサプライズ体質になってお客様を喜ばせるかという方向にシフトしていかなくてはいけないと思っています。そういう意味で、4年目にして地元ではやっと土壌ができたかな?と感じていて、その旗振り役として、くまモンは今こそ生きるんですよ。

山本:今のくまモンの話なら誰でも耳を傾けてくれますしね!

成尾:3月12日のくまモンの誕生祭も、今年は熊本市の中心市街地を全部巻き込んで行う計画です。全体のデコレーションは県がするので、それぞれ自分たちでやれることをやってくださいと働きかけると、今は本当に伝わり方も早い。同様に、サプライズを提供する主役は県民でくまモンがそれを手伝うという、当初のキャンペーンに沿った形のイベントが県内各地で起こって、初めて熊本が面白くなってくると思うんです。

山本:このままの勢いでいくと、2020年の東京五輪の頃には海外からの観光客も期待できそうですね。

成尾:昨年Japan Expo 2013でフランス・パリに行ったとき、高速道路のサービスエリアにキティちゃんが売られているのを見て「いつかくまモンも…!」と私の中に火が付きました(笑)。一地方自治体のキャラクターがそこまで世界的になれば絶対面白いし、くまモンならやれるんじゃないかと思える。そして、東京に来た方が京都に足を延ばすように、くまモンの故郷にも行ってみたいと思えるように目指していきたいです。一方で、そんなチャンスにせっかく熊本に人が来てくださっても、そこが「いいね!」で共有したくなるような面白い場所でなければ意味がない。だからくまモンの本領が発揮されるのはまさにこれからだと思うんですよ。その意味で、今がスタート地点なのかもしれませんね。

山本:あくまで、熊本あってのくまモン、熊本のためのくまモンという、成尾さんの一貫した姿勢。企業キャラクターコミュニケーションに携わる者として大変刺激になりました。ありがとうございました。

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